心の囚われ

騒々しい2020年が幕を閉じた。不透明さ、混沌さは変わらず、このまま爪跡を残し続けるのかもしれない。

個人的にも、2020年は変化の年だった。一年の多くの時間を家で過ごした。

国境を超えて移動して、仕事も変わった。

自分でコントロールできる時間が大きく増加したものの、振り返ってみれば、多くの時間を無駄にしているような感覚になる。

新年はもっと生活、習慣を見直そうとしている。

実際に時間を無駄にしていることもそうだし、それよりもその感覚を持ち続けていることが、ストレスになっているような気がする。

前に進んでいる感覚というのを大切にしようと思って、習慣トラッカーのアプリを入れた。

語学、読書、運動、食事の改善。

Would you live with ease, Do what you ought, and not what you please.

Poor Richard’s Almanack

やるべきことは山のようにある。それが必ずしも、必要というわけではないのだけど、自分に足りないところをみて、もっとより良い生活を送るために、”やるべきこと”。

怠惰さや憂鬱な思考に陥りやすくなるけど、するべきことをこなしていく毎日にしたい。

積み重ねていくこと。そしてそれを見える化すること。それが今年の目標。

本を読む時間

時間をちゃんと管理しようという試みを始めて、今優先する事柄があって、読書の時間がおざなりに。

今までも読む時間を意図的に取っていた訳ではないのだけど。

時間管理は、まだ一歩一歩というところ。

今読みたい本たち。備忘録として。

読みかけのアイン・ランド。

疫病の時代だから読み直したいジャレドダイアモンド。

ユヴァル・ノア・ハラリとスティーブンピンカーも読みたい。

あと今の気分的に、セネカの倫理書簡集。サミュエル・スマイルズの自助論。

ファスト&スローも身内に熱烈にお勧めされたものの本棚で眠っている。

まとまった時間は他に回したいので、多分2ヶ月後までお預け。

いつものAlmanackから以下の言葉を。

The doors of Wisdom are never shut.

Poor Richard’s Almanack

頑張ろう。

主体的に働くということ

Drive thy Business, or it will drive thee.

Poor Richard’s Almanack

「仕事を操れ。さもなければ仕事に操られるだろう。」

「thy」は「your」、「thee」は目的格の「you」の古語なので、現代語で書きなおすと、「Drive your business, or it will drive you」。

この言葉はちょっと英文の言い回しが違うけれども、日本でも紹介されている言葉のよう。それぞれの価値観によるだろうけど、日本ではこの言葉が響く人が多いのかもしれない。

逆に仕事に操られることに安心を見出す人や、進んで仕事に支配されることを選ぶ人の方が実際には多いのかもしれない。

この言葉を日々の時間管理に当てはめるか、もっと大きなキャリアパスのようなものに当てはめるか、自分の状態や仕事の形態によって変わるのだろうけど、この言葉の思想の根底にあるものは、社会の中で資本を持つ側か、労働を提供する側かどちらに立つかという選択のようにも思えてくる。

惰性を嫌悪すること。

今日のAlmanackからの選んだ言葉。

Be always ashamed to catch thyself idle

Poor Richard’s Almanack

「何もしないことは、いつでも恥ずべきことである。」

英文の「thyself」は、 「汝自身」という日本語訳 がぴったりくる、yourselfの古語的な表現。

ちなみに、Almanackという言葉自体もAlmanacの古語的表現だそう。Almanackと入力するたびに、エディターに赤い波線で間違ってるよと言われるくらい、もう使われていない言葉なのかもしれない。

Almanacの文に戻ると、「idle」を「何もしない」としてみたけれど、この表現は少し微妙な解釈なのかなという気がしている。 もしかしたら、もともとは「働かない」とか「遊んでいる」という表現なのかもしれないけれど、 個人的には、「怠惰」や「停滞」とかのほうが自分自身への言葉として合っているのかも。

表面的に見れば、仕事をして、一応働いてはいる社会人であっても、 心境的にはずっと惰性で来ているような気がする。

人は慣れてしまうと、物事の多くを簡単に処理することができるようになるのだと思う。それはもう自分が動いているというよりは、水車みたいに周りの流れに沿って動いているだけなのかもしれないけれど。

以前読んだ本に、人は本質的に変化することを嫌うものであり、そこから変わっていくためには、強い感情が必要なのだと書いてあった。

強い感情を持つというのは、個人的には、理性的であることよりも難しいと思う。怒ることでも、願うことでも、悲しむことですら、継続して持ち続けるのは、至難の業だ。

怠惰さへの嫌悪感というエネルギーを作る方法を考えてみたけれど、今まで挫折したアプリでの管理だったり手帳での計画表よりも、イメージから縛っていくことのほうが実効性が高い気がしている。

なりたいイメージを意識するというのはよく聞く方法だけれど、”こうなりたい”というふわふわっとした言葉より、結果を前提にしてしまった”こうあるべき”というイメージ刷り込みのほうが、私には原動力があるのかもしれない。

学ぼうとすること。続けること。

「風に立つライオン」という、さだまさしさんの名曲の中に、「今を生きることに思い上がりたくないのです。」という歌詞があって、その歌を聴くたびにその歌詞に感情を揺さぶられるのだけど、自分自身を振り返れば「思い上がり」よりは「あぐらをかく」という状態の方が相応しい言葉なのだろうなと思う。

日常では見えないふりをしているが、自分自身が何を身につけて、何をしてきたのか、振り返れば振り返るほど空っぽのような。

心の中では、その状態がまずいと思いつつ、何かの情熱みたいなものを持つ人に憧れつつ、でも今のままで楽したいという怠惰な思いに流され、現実を見つめることを放棄してしまう。

時折思い立っては色々生活を変えようと気まぐれに試みるも、いつも中途半端だ。

Being ignorant is not so much a Shame, as being unwilling to learn.

Poor Richard’s Almanack

無知であるよりも、学ぼうとしないことの方がずっと恥である(意訳)

ベンジャミンフランクリンがリチャードという名前で発行した日めくりカレンダー (貧しいリチャードの暦) に書かれた教訓の一つ。300年くらい前に書かれたもので、当時ベストセラーだったらしい。

この本の教訓は、「賢者は」とか「愚か者は」とかアメリカ的な二分論が多く、個人的にあまり馴染まないものが多いけど、最近の自省めぐりの中で読んでみると耳が痛い言葉が並んでいたので、その教訓を考えるために、日めぐりカレンダーならぬ、日めぐりブログにしようと。

変わらない日々がずっと続くと思うと、それはとても恐ろしいことで、少しでも前に進むために、本を読むこと、行動することを意識することを心がけるために、先人の知恵を縋ってみるのです。